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トイレットペーパー不足は本当に起きるのか?1973年オイルショックの根拠と現代の供給を解説

トイレットペーパー不足は本当に起きるのか?1973年オイルショックの根拠と現代の供給を解説

この記事のポイント

  • 1973年の紙不足騒動は一定の根拠があった
  • 最大の原因は人々の不安心理と買い占めの連鎖
  • 現在は供給網が整い全国的な不足は起きにくい

最近、原油価格や中東情勢のニュースが出るたびに、SNSでは「トイレットペーパーがなくなるのではないか」という話題が広がることがあります。

スーパーの棚の写真が投稿されると、不安が一気に拡散し、「念のため買っておこう」と考える人も出てきます。しかし、この話題の背景には、日本社会に深く残っている1973年のオイルショックの記憶があります。

1973年、日本ではトイレットペーパーが店から消える出来事が実際に起きました。スーパーには行列ができ、棚は空になり、社会問題として報道されました。
この出来事は後年、「デマによる買い占めだった」と簡単に説明されることもあります。

しかし実際には、当時の日本には紙不足を心配する一定の根拠が存在していたことも事実です。そのうえで、最終的に棚を空にした最大の原因は、人々の不安心理による買い占めの連鎖でした。

この問題を理解するためには、まず1973年の状況を正確に知る必要があります。

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1973年のオイルショックがすべての始まりだった

1973年10月、第四次中東戦争が発生しました。この戦争をきっかけに、石油輸出国機構(OPEC)は石油の輸出を制限しました。
その結果、世界的に原油価格が急騰し、世界規模のエネルギー危機(オイルショック)が発生しました。

当時の日本は、エネルギーのほとんどを輸入石油に依存していました。石油輸入依存度はほぼ100%に近く、石油供給が止まれば発電、工場、物流、産業といった社会のあらゆる分野に影響が出る状況でした。

つまり、日本にとってオイルショックは単なる資源価格の問題ではなく、社会全体の生産と生活を揺るがす危機だったのです。

なぜ紙不足が心配されたのか

ここで重要な点があります。トイレットペーパーの主原料は木材パルプや古紙です。つまり、原油そのものがトイレットペーパーの材料というわけではありません。

しかし1970年代の製紙産業は、現在よりも石油エネルギーへの依存度が非常に高い産業でした。紙を作る工程では大量の熱エネルギーが必要です。

  1. パルプを加工する
  2. 紙を成形する
  3. 水分を飛ばす
  4. 巨大なドラムで乾燥させる

この乾燥工程では、大量の蒸気エネルギーが必要でした。そして当時の日本の製紙工場では、その蒸気を作るために重油ボイラーが広く使われていました。

つまり、「石油供給が止まる → 重油が不足する → 工場が止まる可能性がある → 紙の生産が減るかもしれない」という懸念が生まれたのです。

この意味では、「石油危機が紙不足につながるのではないか」という不安には一定の根拠が存在していました。

政府の「紙を節約」呼びかけ

オイルショック当時、日本政府はエネルギー節約を国民に呼びかけていました。その中で、「紙を節約しましょう」という発言がありました。

これは、製紙産業がエネルギー多消費型産業だったことや、石油危機が長期化する可能性があったことなどを背景にした節約の呼びかけでした。
しかしこの言葉は、社会の中で「紙が不足するらしい」という形で受け取られ、不安が広がるきっかけの一つになりました。

つまり政府は「紙不足になる」と断定したわけではありません。
しかし、節約の呼びかけと石油危機のニュースが重なったことで、紙不足への不安が社会に広がる土台ができたのです。

行列と報道がパニックを拡大させた

その後、大阪のスーパーでトイレットペーパーの特売が行われました。そこに人が集まり、行列ができました。
この光景が報道されると、「トイレットペーパーがなくなる」という噂が急速に広がりました。

すると人々は「念のため買っておこう」と動き、棚が空になり、さらに不安が広がるという行動を取るようになりました。
つまり、実際に起きた流れは「不足 → 買い占め」ではなく、「不安 → 買い占め → 棚が空になる」という順番でした。

1973年騒動の本当の構造

1973年のトイレットペーパー騒動は、後年しばしば「デマによる買い占め」と一言で説明されます。
しかし実際には、石油危機という本物の不安、製紙産業のエネルギー依存、政府の節約呼びかけという要素があり、不安が広がる土台は確かに存在していました。

そのうえで、実際に全国の棚を空にした最大の原因は、その不安を見た人々が一斉に余分に買い始めたことでした。
つまり1973年の騒動は、半分は現実の危機、半分は社会心理によって起きた出来事だったと言えます。

なぜトイレットペーパーだったのか

生活用品は多くあります。それでもトイレットペーパーが象徴的な商品になった理由があります。

  • 生活必需品: なくなると日常生活に直接影響します。
  • 保管しやすい: 腐らない、保存できる、軽くて持ち帰りやすいという特徴があります。
  • かさばる商品: 少し売れるだけでも棚が空に見えます。

そのため「なくなっている」という印象を与えやすい商品でした。こうした特徴が重なり、社会不安の象徴として広がったのです。

現在はどうなのか

ここまでが1973年の背景です。では現在はどうなのでしょうか。

現在の日本では、トイレットペーパーの多くが国内で生産されています。また製紙工場のエネルギーも、電力、天然ガス、多様な燃料など、当時より分散されています。

そのため通常の状況では、1973年のように全国的な供給不足が起きる可能性は高くありません。ただし、もし不安が広がれば一時的な買いだめによって棚が空になる可能性はあります。

結論

「原油がなくなるとトイレットペーパーがなくなる」という話は、完全なデマではありません。
1973年のオイルショックでは、石油危機という現実の問題、製紙産業の石油依存、政府の節約呼びかけという背景がありました。

しかし、実際に店から商品を消した最大の原因は人々の不安による買い占めの連鎖でした。

現在は当時より供給体制が整っており、全国的な不足が起きる可能性は高くありません。それでも、この話題が繰り返し広がるのは1973年の経験が日本社会の記憶として残っているからだと言えるでしょう。

冷静に状況を理解することが、同じ混乱を繰り返さないために重要なのです。

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